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2015年4月25日土曜日

心の師

 
ここ数日、すごいことが起きています。
まさか!は、起こりうるんですね。 内省の日々です。

  お天道様は見ているよ 

子供の頃に聞かされていた教訓が蘇るような。。。 

これだけ他人の心を気遣うような人に出会ったことがない。
覚者だからだとか、関係なく 阿部敏郎さんという人は、人として素晴らしい人です。 
だからマントラ瞑想も阿部さんに受けて本当によかった。
元々、マントラ瞑想も阿部さんから知ったし、そうじゃなかったら伝授も受けませんでした。

マントラ瞑想をするなら、どの「師(人)」先生を選ぶかも、本当に大事だと思います。

自分が心から尊敬できる人なのか
自分が心から信頼できる人なのか

これからマントラ伝授を受ける方は
その見極めをされることをお薦めします。

自分の心に従ってください

クリックありがとうございます。 

2015年4月18日土曜日

ティクナットハン

NHK「こころの時代」で ティクナットハンが話されていました。 たまたま見ることができたのですが、彼の言葉を聞いていると 胸がスーっとしました。 そして、涙がなんだか勝手に出てきました。 素晴らしい覚者だと思います。 今年春、来日されますが、会える機会があればいいな。


クリックありがとうございます。 

感情のしこりの整理?


シュープリームユニティマントラ
伝授から一週間たちました。

そのあいだの感覚的な報告@
とにかく、眠さとしんどさがすごくて実際丸一日寝た日もあります。
あと耳鳴りがまだまだ続いてます。
普段は気にならないですが、ふとした瞬間がずっと鳴ってる。
まあ貧血もともと貧血気味なので、
貧血と耳鳴りは医学的につながりがあるので
そのせいかもしれません。

あと、なんといっても!!!

ものすごい過去やとらわれていた苦い経験の「感情整理」。

なんにも関係ない仕事中とかに
過去の「怒り」がブワーーっと湧き上がり
PCのキーボードを叩き割りたいくらいの熱情が湧いてきます。
(実際仕事中なんでそういうことはしませんがしたかったw)

これほど怒りが沸くほどのことか?っていうことでも
感情の渦巻きにぐるぐる巻きにされる感じになりました。

季節の変動やわたしの身体の具合にもよるのでしょうが
結局は、原因などありません。

瞑想によって,それが誘発されたかどうかもわかりません。

ただ勝手に起こるものだから、どうしようもありません。
とにかく、静観しようと、いや静観しなくても
過ぎ去るのを待とうと 感情の波のままにいました。
もちろん、その感覚と戦うのもあり、なんでもありです。


瞑想伝授後の記録として特記するとすると、
そういう感覚がものすごく湧いてきたということです。

そういえば、ハートマントラの時も
ものすごくしんどかったのですが
同じハートを使うマントラのせいか似ています。
あまりこういう観念とか持ちたくないけど、
答え合わせすると合うので、そういうことかな、と思います。

自分のハートというか、我慢してきた思い(カルマ)
の整理をしているのかもしれません。


クリックありがとうございます。 

2015年4月11日土曜日

シュープリームス?


とうとう!!
フルフィルメント瞑想4つ目、最後の伝授受けてきました。
(正確にはロータスマントラも受けたので5つです)
シュ、シュ、シュープリームス??と音楽ファンなら間違いそうな
あの「シュープリームユニティ」です。

正直言うと、実は今回、多忙というか
余裕がない日々を送っていたので、迷いに迷い、
伝授もギリギリまで申し込めませんでした。
でも、前日になって勢いで申込みました。

一年前に「1年以内にすべてのマントラ伝授受けるぞ」
と、内心思っていましたが、
ここ数ヶ月の忙しさと心境の変化もあり、
別に1年以内にこだわらなくてもいいだろうと思っていました。
でも、まあその時のノリでいこうとゆるい姿勢でいたので
前日に申し込み断られたら縁がないということで諦めたらいいと。

けれども1年以内に奇しくも「5つ」のマントラ伝授受けられました。
これも自分が決めた通り(意識の力ではなく)、シナリオ通りでしょう。

とにかく今回は仕事場にも近い大好きなクロスウェーブ大阪。
会議室での伝授は不思議な感じでした@@
先生である智子さんは、いつもに増して、輝くように美しいなあと感じました。

シュープリームまでくる皆さん、中の何人かはほとんど
同時期に瞑想伝授を受けた方、顔見知りが多かったです。

智子さんがここまで来た感想をひとりひとりに聞かれていましたが、
一様に皆さん「思考まみれがなくなった」ということでした。
わたしもそうです。
1年前に比べて、ネガティブな思考に時間にまみれる時間が確実に減りました。
というか、物事にこだわったり、執着することがなくなった、というか。


今回はじめて5回の伝授の中で、気を失うことのない瞑想となりました。
初期は2度の瞑想中に気絶瞑想(爆睡ということ)、
ウィズダムでも2度目に気絶。
今回は2度ともばっちり思考まみれ。なんで時間が長く感じた。

最後の瞑想伝授(日本で受けられる)だったので淋しい感じがするかな、
と思ったのですが、それほど淋しい感じにはなりませんでした。
また阿部さんや智子さんに会える、機会はたくさんあるからです。

伝授は智子さんがされますが、後に阿部さんにバトンタッチされます。
智子さんのときは、皆くだけて、たくさんお話されましたが、
阿部さんが居らっしゃると場の空気感が変わります。
凄い圧倒的なパワーというか、威厳を放つのか、
皆さん口を開くのが少ない少ないwww

わたしは今回は口を開くことができましたが、やはり思うように話せません。
怖い、ではなく、(実際阿部さんからは愛ある優しい感じが出ています)
彼の正当性の前に何か言えることがあるんだろうか、という不安。。。
いつも凄いな、と思うのは、どんな人に対しても
「絶対的に救いがある言葉」を言われること。
どんな人でも見捨てないという姿勢。

今回印象的だった阿部さんのひとこと。
「あなたと同じひとつである宇宙があなたに悪さをすると思うかい?」

わたしが「人生(人間)には自分の意思決定権が実はない(感情すら)」と
体感してから、それですべてが「どうでもいいや」
という感覚をどうすべきか質問した答えでした。

絶対なるすごい信頼感を宇宙(全体、神、なんでもいいや)に
持ってらっしゃるんだな、と羨ましく思いました。

実際、わたしは、いままでに辛い思いを(心身ともに)たくさんしてきたので
宇宙が自分に対して、一見して不幸と思われることをしないとは限らない
と感じているからです。

もちろん、阿部さんが辛い思いを経験されてきたことも知っています。
それでも、まだ宇宙を信頼できるんだな、という羨望感といおうか。

まだ旅(ゲーム)の途中なんで、今のわたしに知ることのできない
何かはあると思いますが、どうも楽観視できない性質なんでしょうね。

なんにせよ、いろいろ感慨深い最後の伝授でした。
また新しいマントラ伝授受けることができるなら、
その時のノリで決めたいと思います。

いろいろと書きたいことはたくさんあるのですが、
とにかく、なにかと書くゆとりがないので、書けるうちに書いておきます。

まず、瞑想伝授中に、「自分が膨らむ」体感経験。
どこまでも膨らみそうだったのに気づき、
ああこれがそうか(そういう体験をどこかで読んだ)、
と思うと終わりました。

あと、高音域の耳鳴りが伝授後続いています。
実は昨日受けたのですが、今日は14時間爆睡しました。
疲れに疲れていたせいもあったのですが、まだまだ眠れそうです。

最後のマントラなのに、いやにあっけなく終わってしまったことに
いろいろ思うところはありますが、また色々気づいたら報告します。

クリックありがとうございます。 

2015年3月29日日曜日

ニールパスリチャ



TED(NHK)という番組が好きなのですが、
ここでよく生きる勇気ある言葉をもらいます。
何度も涙が出てきます。

今回のアメリカ移民のニールパスリチャさん
ぜひ見てください。
ニールパスリチャ
http://www.ted.com/talks/neil_pasricha_the_3_a_s_of_awesome?language=ja#t-4677
kk

何気ない日常に「幸せをみつける」。
簡単なようで簡単ではないことです。




クリックありがとうございます。 

2015年3月25日水曜日

slump

ここしばらく更新できませんでしたが
かなり参っておりました。

なんにもやる気がせず・・・

でも瞑想はちゃと続いてます(土日は休むことが多いですが)。
仕事や生活などは必要最低限なことだけしていました。

なんだろう、、季節の変わり目、花粉症などもあり
身体がしんどいので、心もしんどいというか、、、

暗い気分に打ちひしがれ
何かをしてもしなくて意味がない
人生は無意味・・・
完全なる虚構感に苛まれていました。

スランプあられちゃん;;
それもそれ。

感じたんですが、大人になってから
「なにがなんでも生きたい」と思ったことがない。

実際、人生のほとんどをこの虚構感に包まれ生きてると。
だから、これはもうそういう性質なんだ、と
受け入れるしかないなと。

ほとんどこの状態で生きている
それが変わってくれと思って
いろいろ頑張ったけど、変わらなかった

瞑想が最後の砦だと思っていましたが、
約1年続けても、まだこんな感じです。

これが正直な報告@@

クリックありがとうございます。 

桂米朝師匠


大好きな桂米朝さんが永眠されました。
落語の深さを知り、好きになれたのも師匠のおかげです。
ご冥福をお祈りします。

ああガックシ;;

クリックありがとうございます。 

2015年3月12日木曜日

to do for what????


フルフィルメント瞑想は毎日やっています
いまは、ウィズダムのみを毎日です

ウィズダムは、ヤントラに対する気持ちが浅いです

と、いうのも、いろいろな要因でヤントラを目にする機会が
少なかったせいもありますが
ほかのマントラは「ヤントラ」が、かなりの「要」になっています

ですが、ウィズダムは「流れ」=「ノリ」みたいな感じです
これもまたそういうことなんでしょう

今日 深く考えました
自我が@@

すべては 宇宙=神=万物の真理
が動かしている

それじゃあ、、操り人形=人間
の「わたし」になにもできないなら
どうしろというのか という 諦めと腹立ち。。。

それすらも「シナリオ」だな、、、と感じました

無力です

けど無力じゃないと 思いたい「生身のわたしたち」

いや、、、わたしは、無力だと痛感しきって」
無力なりに無力にしあわせでありたい、、、と
願っています
(それすらシナリオ通り)www


クリックあおうりがとうございます。 

2015年3月11日水曜日

媚びずに

今日は311でしたね。

その話をすべきをかと思いましたが、やめました
当事者ではないのに語る資格もありません

関西にも大震災がありました
もう19年も経ちます
わたしは関西人ですが、そのことにも触れようと思いません


大きな災害、悲惨な凄惨な事件
いろいろ人生には起こります
そこに理由も何もありません
悪は悪。善は善。。

アップダウンが激しくしんどいこんな人間の生きる世界。。。

正直、、、こんな人生いつでもドロップアウトしたいです。

夜寝るときに、「二度と目が覚めませんように」と
言っていた同僚に対して「???」と思った時期もあります。
でもいまはその気持ちが痛いほどよくわかります。

二度と目覚めたくない。一生気を失っていたいと
本心から思います。

けれどもまだ生きなければならないようです

それなら、少しでも
気持ちよく楽しくわらって生きたいものです

軽い気持ちから言葉を発しているのではないことを
了承していただきたいと思います。

クリックありがとうございます。 

2015年3月10日火曜日

Deepak3



下記@ディーパックチョプラより

今すぐ、より深いところまで潜って行くためには、
 シンプルな呼吸の瞑想をするとよいでしょう。 

 ひとりになり、静かに座ってください。

 その際、気が散らないような環境を用意してください。 
 少しの間目を閉じ、マインドをクリアにし、 
 何でも受け入れられるような状態にします。 


 そして、あなたの意識を自分の鼻先に向けてください。 
 呼吸するたびに、空気が優しく

入ってきたり出ていったりするのを感じてください。 
これを10分間行います。 


 もし意識が自分の鼻先から離れてしまったら 
 (それは自然なことなのですが)  
 そっと元に戻してください。
 

 意識に無理強いをしてはいけません。 
 また呼吸をコントロールしようとしてもいけません。 
 ただあるがままにしておいてください。 


 目を開ける前に、内なる自分を

静かに味わってみてください。 
 その静寂の感覚が浸透していくにまかせ、

ただそれに寄り添ってください。 

目を開けたら、いつもどおりの生活をしてください。

 ほとんどすべての人が、このシンプルな瞑想の状態が

しばらくの間、
続いているような感覚に気づくことでしょう。 

 色がいつもよりも鮮やかに見えたり、 
 音がいつもよりクリアに聞こえたりするでしょう。 


 内側には静けさの感覚があり、 
 すぐには行動へと掻き立てられなくなるかもしれません。 

 もしも非常に忙しい生活へとすぐに戻ってしまうならば、 

 こうした瞑想状態にとどまるということが

あまり起きないかもしれません。

 それでも一日に2回、

10-20分の瞑想をおこなってください。 
 そうすれば、だんだんとその違いが 
 継続するのがわかるようになってくるでしょう。

クリックありがとうございます。 

2015年3月8日日曜日

Deepak2

byDeepak より

J・クリシュナムルティは、

非常に重要なことを述べています。 

 つまり「真の瞑想とは、一日24時間

継続して起こるものである」と。

 真の瞑想とは、マインドの奥深くに潜り込み、
 そこに留まっている時に起こるものなのです。 

 深く潜り込むことによって、 
 あなたは自分の源に近づくことができます。 
 マインドの源にあるのは、

創造性、知性、平和、そして至福です。

 こうしたものを得ようと働きかける必要はありません。
 それらは風景の一部なのです。 
 静かなマインドを垣間見ることは

決して得難い経験ではありません。
 それを繰り返すことにより、
 垣間見るだけであったものが

そこにある景色となるのです。
 あなたのマインドは、

そこに見えるものを好むことでしょう。

 そしてより深く潜っていきたいという

願望も自然と高まるのです。

クリックありがとうございます。 

2015年3月7日土曜日

ちらし寿司



生まれて初めて ちらし寿司をを作った
最近 よく投稿される料理写真に
触発されたのもあるけれど
わたしも料理は大好きなんだ
なんて言ったって 食いしん坊だし
手を動かして 生きる糧を作り出す過程は
楽しくて仕方ない
何かを作り出すということは
生活の中でこそ生かされるべきことだと
つくづく思うようになった
アートに関していえば
正直 生活には関係ないと言い切れなくないから
だから
私はアートって言葉自体も昔から嫌いだった
ちらし寿司といえば
10年まえくらいに
失恋したわたしの 友人が作ってくれた
ちらし寿司が忘れられない
遠い東の地で泣いているわたしを励ますため
ちらし寿司を作って 家で待っていてくれたんだ
そして西に戻ってみたら
また違う友人がわたしの失恋を知り
同じように
ちらし寿司を作って 家で待っていてくれた
ちらし寿司を続けてすぐに食べた
不思議な機会だった
失恋には「ちらし寿司」が効くっていうブームがあったのか
なんなのか 不思議な一致=シンクロに
傷ついた心も少し持ち直せた記憶がある
ちらし寿司はどちらかといえば
おめでたい料理のはず なのにね
だから今回はおめでたい「もてなし料理」になればいいな
本当は両親への感謝の料理なんだけどね



クリックありがとうございます。 

2015年3月5日木曜日

日々の幸せ

日々の日常に
実は「おとぎ話」のようなファンタジーが潜んでいることを
知っている人は若年層には多いけれど
壮年層には少ないのではないのでしょうか

日々生きていることに感謝できるようなことは
探せばたくさんあります
不平不満は 探さなくとも たくさん あります

人間って 厄介な生き物なようで
実は 愛すべき 美しい生き物だと
感じる瞬間があります

たとえば 電車の中
新聞を読みながら くしゃみをするおじさん
スマホをいじくりまくるOL女子
宿題をや受験勉強をする高校生
疲れ果てて眠るサラリーマン

みんな変わらず一生懸命生きてるんです

ほんとうは辛いこともたくさんあったけど
なんとか 毎日生きてるんです

そんなひとたちをたくさん毎日 電車の中や道すがら見ています

自分のことで精一杯な生活の中

ふとそんな瞬間があるんです

人は愛しいものです

なんの真理も追求していない
わたしの母も 「人が愛しいと思う」と
話していたことを思い出しました

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2015年3月4日水曜日

宇宙のシナリオ


ここのところ
季節の変わり目で いろいろな体内&気分変化が
多くの人に起こっているのではないでしょうか

もちろん
そのすべては誰かの責任ではなく
春の嵐=地球のせいでもなく
勝手に起こっていることです

わたしたちの人生すべては
勝手に起こっています

とにかく 気持ちを楽にリラックスして生きるだけだと痛感しています

阿部さんのブログにも書かれていましたが
「リラックス」
肩の力を抜いて生きるしかないなと
ほんとうに感じています

クリックありがとうございます。 

2015年3月2日月曜日

瞑想の本質


瞑想をすること

宇宙の真理を知りたいがため
人生がより良くなるため
自分が生きていることの理由を知るため
心身ともに健康になるため

瞑想をされている方にはいろんな理由があるでしょう

でも本当のところ
自分の本能で瞑想をし始めた人は少ないのではないでしょうか


本能的な瞑想とは
自分が夢中になれることに没頭していることが
自然な瞑想だと思います

けれども
人間が生身の生活をしている間では
よっぽど裕福や環境が恵まれていない限り
生活をする=仕事をする=お金を稼ぐ
に集中することになり
結局は その夢中になれることから離れます
もちろん趣味で続けられる分もあるでしょうが
どこかで「趣味」と割り切ったことになります

生命を賭けて命懸けで自分の夢中なことができるのは
若年層(主に10代~20代前半)のみだと思います。

あとは、社会の厳しさとかいう一般概念に押しつぶされ
大体苦しみながらも生活するハメになると思います。
趣味やお金にならないことで生きる時間がどんどん少なくなる。
そのうえで人生の無意味さもわかってくる。
何が言いたいかわからなくなってきましたが、
「瞑想」をするのも、時間も暇も必要だ、ということです。
有閑な年齢層ならいいですが(もしくは富裕層)、働き盛りには
その時間を捻出するのが難しい。

瞑想をすることを習慣にしはじめるのも
「夢中になれること」になればいいなと
思う今日この頃です。


クリックありがとうございます。 

2015年3月1日日曜日

死の秘密


3月1日(日曜日)配達されました。

早速読みました。あっという間にすぐに読み切れました。
阿部さんと山川さんの温度差、というか
ギャップがかなり興味深いですwww

わたしは、20年くらい精神世界等の本を読んできましたが
初期の方に、山川さんの本や翻訳された本を読んでいました。
だから前世とかソウルメイトとかスピとかそういうのも
完全に受け入れてその世界を信仰していました(信じていた)。
けれどどこかでなんか「おかしい」とも感じていました。
子供だまし、というかなんだか「理想主義、綺麗事過ぎる」と、。

そして2年前にその価値観が完全にひっくり返りました。

なので、あくまでわたしは「阿部さん派」ですねw
ロマンチックじゃないほうですww

いろんな考え方、解釈があるのが自然だと思います。
そして、その意見すべて、正しいか正しくないかとかより
自分が感じるままで生きることが大事だと
より一層思えるようになりました。

正確には「自分」が感じている」ではなくて
「勝手に起こっていること」なんですけどねw
それを神やら宇宙やら愛やら精霊やらとか
いろんな解釈が「分類」しているだけですから。

とにかくあるがままを受け入れる
そしてそのとき興味を持ったことを素直に愛し
「やるべきことをやる」「感じることを感じる」
だけだなとわたしはいま思っています。

クリックありがとうございます。 

2015年2月27日金曜日

無理しない


精神世界やスピなどでは
一貫していない「真理」が説かれていますが、

結局は「自分がどう感じるか」
がすべてだと思います。

信頼する人が言っていることだから
尊敬すべき人が言っていることだから
と、完全に鵜呑みにするのではなく
そんな人たちが「あれ?」って言うことを言うときに
自分がそれに同調するかしないかを見極める術といおうか。

結局、わたしたち人間は生身の生き物です。
「空」でも「完全」でもありえません。

だから、そのときそのときで、
人の意見を受け入れる、アホみたいに盲信する姿勢は
持たなくてもいいと思っています。

「信じている人に沿った行動だけど、なんだか気乗りしないからしなくていいや:」
で、終わってもいいと思うのです。

「自分なんていない」と思い込むのもいらない、と思います。
生身で生きる以上、「自分」はいます。
だから、その「自分」が嫌がったら、それを無視せず、
「その自分の感じるまま」を生きたらいいと思います。

クリックありがとうございます。 

2015年2月26日木曜日

理屈っぽさ


阿部さんのAMAZONの本「死の瞬間」を予約したとき、
賢者テラさんの本の新刊を発見しました。

前に雲黒斎さん経由で彼のブログを読んだのですが
理屈っぽくて、どうにも肌に合わなかったのですが、
いま、読むと、かなり読めますww
やはりすべての物事は、タイミングってものがあるんでしょうね。
http://ameblo.jp/eyeofgod/

彼のブログを読めるようになりました。
そして、彼の論理的思考に共感しまくりです。

わたしも実は、論理的思考に引っ張られがちです。
雲黒斎さんから、阿部さんブログへ行き着いたのですが、
素直に、スっと入ってくるのが阿部さんのブログでした。
さとうみつろうさんのブログも素直ですね。

タイミングによって、理屈っぽいのが好きなときがあります。
雲黒斎さんも理屈っぽくて、最初のとっかかりには入りやすかったのです。
テラさんの理屈っぽさも、わたしが持ち合わせてる部分なので
いまとなっては、かなりシンクロします。

テラさんと雲黒斎さんコラボの公演会に見向きもしなかったのですが、
いつか行ってみたいと思います。


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2015年2月25日水曜日

ときめき

春だからでしょうか

なんだか 異性が気になります

すぐに好きになってしまうくらいww

人間も生身の「動物:」です

わたしたちは 大きな波動のなかの
小さな(大きな) 欲望の中で生きています

それに身を任せることもいいのではないでしょうか

恋せよ乙女
恋せよ男子

それは 生きる「糧」となります

楽しみましょう

クリックありがとうございます。 

2015年2月24日火曜日

春の足音


昨日は日本列島 あったかい空気に包まれましたね
確実に春がやってきています
(花粉もやってきていますww)


厳しい寒さを越えて 春を迎える喜び

これは人生すべてに当てはまる比喩のようなものだと思います

みんな春を待っている
日本人が「桜」をこよなく愛すのもそういうことかしら


「すべては明るく良くなる」(春が来る)
その希望が
生きる糧となるなら
そんな夢をみることもいいのではないでしょうか

わたしたちは 平凡な当たり前の日常を
少しでも彩りのあるものを求めて生きています

「苦しいこともいつか報われるんだ」
そんな希望を持つことの何が悪いんでしょうか

人間として人生を生きる上で
わたしが必要なものは リアリティだけではないはずです

明るい希望!!いいじゃないですか!!ww

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2015年2月22日日曜日

楽観主義者=悲観主義者



大体 一般的に 人間関係において
人は最悪の状況まで考える

また奪われる
また利用される
私ばかりバカをみる
しんどい思いをするんだろうけど
わたしが我慢すればいいか、、

そういう思いで諦めの境地

で 実際会ってみたりすると
完全に自分の予想は外れたりもする

あれ?身構えてたのに・・・
自分を守るためには
絶対攻撃してやろうと思ってたのに
肩透かし食らって面食らう

あまりにも悪い想像をしすぎて
良い想像をすることを忘れていた

案外 相手も同じ心境でいたんだ

自分の考え 想像なんて
ほとんどの場合 逆に真逆なんだなと 思った

楽観主義者=悲観主義者

人生は楽勝だと思えたら
主義はいつでもひっくり返れる




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